2025年7月15日火曜日

週刊連載水曜日編『社畜の癒やし』第2話

 


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第2話 「眠れない都会と王様の夢枕」


東京の夜は、意外と静かだ。
エアコンを切った6畳のワンルームで、田舎から出てきたばかりの新卒・佐藤遥は、うつ伏せのまま動けずにいた。

社会人になって2ヶ月。
「自分で選んだ道だろ」って言葉が、最近いちばん嫌いになった。
上司にはため息をつかれ、同期は次々と辞めていく。母からのLINEは未読のまま。もう、何に泣いているのかもわからない。

寝返りを打つたび、敷きパッドが熱をためてる気がしてさらに眠れない。
首は痛い。心も、痛い。

「もう、実家に帰ろうかな……」


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そのときだった。
背中が、ふわりと沈んだ。

「え……?」

首元から背中まで、何かにやさしく包まれた。
心地よい冷気が、体をすーっと撫でる。

「……誰か、いる?」

枕から、声がした。

「君、疲れてるな」

驚いて起き上がると、そこにはスーツ姿の男がいた。
名札には、『癒やし課長』
彼は一礼し、まくら型の名刺を差し出してきた。


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癒やし課長 名刺

  • 氏名:癒やし課長(夢営業部)
  • 特技:頸椎サポート・温度調節・メンタルケア
  • モットー:「売れる商品は、癒せる商品」

「寝具ひとつで、世界は変わるんだよ」
「まずはこれ、“王様の夢枕 BIG”だ。背中から頭までを包み込む、人間工学と包容力の奇跡だよ」

佐藤は恐る恐る寝転がってみた。
ふわりと沈む。支えられる。軽い。何これ……。

「まくらに包まれる幸福、君、忘れてたろ?」
「しかも、友達や同僚へのギフトや誕生日プレゼントとしてもおすすめギフトラッピングは無料。ポイントはここな」
(課長、まさか夢の中で販促してる……?) 

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さらに彼は、敷きパッドを手に取った。

「これがまたすごい。“Q-max値0.58”の接触冷感だ」
「Q-maxってのは、触れた瞬間に熱をどれだけ奪うかの数値。0.4以上で高冷感って言われる中、0.58はもう別次元。瞬間冷却レベルだ」
「しかも今なら10%OFFクーポンが7月20日まで使える。佐藤くん、これは“今すぐ買わないと損”ってやつだよ?」

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…なんなんだこの枕男は。

でも、確かに、冷たい。
気持ちいい。
首も背中も、心も、少し軽くなった気がする。

「……なんか、泣けてくる」

気づけば、涙が出ていた。
初めて言えた。

「疲れました……課長」

「うん。頑張ったね。もう少し、このまま眠っていいよ」

眠りの底。
佐藤は夢を見た。
母と犬と、蛙の鳴く夜。ひんやりした畳。窓から入る夏の風。


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翌朝。目覚ましより早く起きて、首が軽かった。
はじめて、朝の満員電車の中で「降りたくない」と思わなかった。
その日は仕事もうまくいった。上司にも怒られなかった。ほんの少しだけだけど。

夜、帰宅した佐藤は、スマホを開いた。

「“Q-max値0.58”って、本当にあったんだ……」
検索窓に、自然と手が動いた。

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「よし……買おう」

初任給の中から、少しだけ“自分のための癒やし”を選んだ。
画面の向こうで、誰かが笑ったような気がした。

枕の中で、癒やし課長がガッツポーズをしていたことを、彼は知らない。


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